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三田市肉牛生産振興会
 TOPIC さんだ農業まつり
参考資料
 「日本畜牛雑誌」明治45年発行






三田牛を伝統ある高度な技術で育て、三田肉ブランドを支えている三田市内生産者の最大組織。
 
発   足 昭和58年8月27日
目   的

三田牛のPR
・ 共進会、共励会等の各種コンテストへの出品
・ 農協市場館パスカルさんだ等での対面販売

生産振興・後継者の育成

・ 月例研修会の開催

(「結成大会資料 趣旨書」参照)

事 務 局 三田市農業協同組合(現兵庫六甲農業協同組合)
背景と経緯
昭和58年2月 兵庫県は県内肉牛の登録制度を以て県内産牛の 「総神戸ビーフ化」を発表。

同登録制度の計画中、初年度2千頭の登録予定となっていたことに関し、当時の三田牛飼養頭数とほぼ同数のため、放置すれば三田牛が神戸ビーフに埋没する懸念があり、三田肉の呼称は全て神戸ビーフに変えられてしまうおそれがあった。

この施策を憂慮する三田市内農家の声を受け、三田市議会では同年3月、議員質問がなされ、当時の三田市長塔下真次氏は、市として承服できない問題であるとし、農協など関係者と連帯して対応を進めたい、と答弁した。
同年8月27日 三田市肉牛生産振興会結成大会。
安井秀雄氏を会長とし、58戸で発足。
昭和61年6月27日 三田肉流通振興協議会が発足。
三田市長塔下真次氏(当時)が会長に就任。

趣  旨  書

 名牛、三田牛は藩政時代より天下に名声を博し、明治末期の農商務省の調査(*)では「現今肉牛として名あるものとしては三田牛、江州牛、但馬牛、伊予牛、長州牛、出雲牛、作州牛、神戸牛が挙げられる」と発表されている。

 肉食が一般化し始めた明治17年−18年神戸開港による外人渡来多きを加わるに至り益々三田牛の名声が高くなりましたが、その後、時代の変遷と戦時中の物資不足、後継者の飼育はなれ、最近の農業機械化等により昔の面影もなく現在では、各グループ毎又は肥牛に愛着をもっている個人飼育者のみで、かろうじて三田牛の名声を維持されておる現況であります。

 この度、兵庫県では県の基本方針として神戸肉の登録制度化の問題が具体化されようとしておりますが、元々神戸肉は三田牛あってのものであることは、上記で述べた通り歴史の中で明らかであり神戸ビーフの名声は三田牛に負うところ大きいのであります。

 三田肉の呼称を神戸肉と変えてしまうようなこの制度は三田市の特産物である三田牛の死活問題であります。この問題に関しては、市当局議会で大きく取り上げられ県当局に対しこの制度反対の陳情をされておりますが、私達飼育生産者はこの機会に大きく眼を開き、組織の一本化と一致団結により組織の強化によって、伝統ある三田牛のブランドを維持すると共に関係機関の御指導と御支援により、三田牛の生産振興と後継者育成に最全の努力をしなければならないと強く痛感する次第であります。

 飼育生産者の皆様何卒私達の意のあるところを深く御理解を賜わり御協賛下さいますよう心より御願い申し上げまして趣旨書と致します。

昭和58年8月1日
三田市肉牛生産振興会発起人一同



* 明治末期の農商務省の調査 : 明治45年6月15日発行「日本畜牛雑誌第92号」掲載記事
本邦肉牛の種類及輸送法(農商務省最近調査)』に基づく


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